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2007年5月 9日
北千住散歩[史跡]森鷗外旧居 橘井堂医院跡
森鷗外の父・森 静男が町医者として橘井堂(きっせいどう)を開業したのは、現在の北千住駅西口千住1丁目。今は足立都税事務所となっています。森鷗外、本名 林太郎も、明治14年に東京大学医学部を卒業後、千住で暮らしました。ドイツ留学後も明治22年まで千住に縁があったそうです。
足立区風土記によると、鷗外とは、墨田区にあった通称「鷗の渡し」(橋場の渡し)の外にいて、歴史を探る人という意味で、千住周辺の地を指しているとあります。

大学卒業し開業届を受理された後、千住から陸軍病院へ軍医として、人力車で"通勤"していた鷗外は、帰りには週1~2日東亜医学校に通っていました。
授業の準備が早く終わった日は、千住大橋のやっちゃ場の中にあった寄席にも出かけたとか。
当時の千住は宿場町とはいえ田畑も多く、だからこそ鮒秋の佃煮やすずめ焼も千住名物だったのでしょう。それまで住んでいた向島辺りに比べれば、ずい分と雰囲気の違う町だったのではないかと思います。
橘井堂医院のあった千住の森家があった場所は、その後幾人かの持ち主・住人を経て、協和発酵の工場となりました。戦後、工場が転出し、足立都税事務所となったそうです。
現在は、足立都税事務所の角に「森鷗外旧居 橘井堂医院跡の碑」が立てられています。
あだち区民大学塾でも、講座「鷗外のぶらり散歩」の開催を予定しているようですので、興味のある方は応募してみてはいかがでしょう。
足立区 あだち区民大学塾受講生募集!「鷗外のぶらり散歩」
※開催日/ 2007年6月13日、20日 応募締切/ 2007年5月30日(往復はがきで応募、締切当日必着)
参考文献:
足立区教育委員会発行「ブックレスト 足立風土記(1)」、森まゆみ著「鷗外の坂」(新潮文庫)
森鷗外旧居 橘井堂医院跡
投稿者 ayumi|2007年5月 9日 13:15